第5話 微生物との共存共栄へ

2008.05.01

これまでの経験から食中毒菌の特性は明らかにされ、さらに現在も究明が続けられていますが、注意すべきは環境への適応等からの変異です。RNAウイルスの一種であるノロウイルス等は、変異が多く起こっているようです。残念ながら、現在、ノロウイルスの増殖能を判定する培養細胞系が確立されていないなど、ウイルス対策は遅れています。バクテリオファージを利用してO157やサルモネラを制御しようとする試みや、ノロウイルスの制御をPCR試験等の検査で保証しようとする人々は、ウイルス遺伝子の変異と安全性との関係を検証すべきです。

微生物制御の手法は、殺菌・除菌・遮断・静菌に分類されるように幾通りもあります。制御が必要な時には、まず敵を知り、弱点を知ることに力を注ぐべきですが、法律に触れることは許されません。多くの国で放射線殺菌が行われ、WHOは照射食品の安全性に対する懸念はないとしています。我が国では、ジャガイモの発芽防止のみに放射線の照射の利用が認可されています。 現在、更に、香辛料の微生物汚染の低下を目的とする放射線照射の用途拡大が検討されています。

 

殺菌 加熱殺菌 高温殺菌、高周波加熱、赤外線加熱、通電加熱、低温加熱、乾熱殺菌
冷殺菌 薬剤殺菌:液体殺菌剤、ガス殺菌剤、放射線殺菌:紫外線、γ線、電子線、X線
その他 超音波、超高圧、電気的衝撃、パルス光
除菌 ろ過、沈降、洗浄、電気的除菌
遮断 包装、コーティング、クリーンベンチ、クリーンルーム
静菌 温度管理 高温殺菌、高周波加熱、赤外線加熱、通電加熱、低温加熱、乾熱殺菌
水分低下 乾燥、濃縮
酸素除去 真空、脱酸素、ガス置換
微生物利用 発酵、拮抗微生物
物質添加 アルコール、塩、酸、糖、溶菌酵素、抗菌性物質

しかしながら、放射線殺菌は、我が国では未だ認可されていません。また、殺菌剤、抗菌性物質、包装材料等も、食品衛生法により認可されたものしか使用できない状況です。

Codex食品衛生の一般原則に書かれているように、生産農場から始まり消費者にいたるまで、一連の流れとして食品の安全性は確保され、この流れを汚さない努力を全員で続けることが必要です。開放系で行われる農畜水産物の衛生管理には不確定要素が多く、フードテロ対策等困難な課題も多いと言われています。良好な原材料を、清潔な環境で食品衛生の知識・技能のある人が、加工・調理し、適切に食べることが食品衛生の基本です。

誰も保証できない100%の安全を他人に求め、その一方でコスト負担を回避するよりも、「汝の欲せざる処、人に施すことなかれ」の精神を持って、お互いを思いやる気持ちとフードチェーンの全体への理解が必要です。

HACCPの重要管理点CCPとは、危害因子を殺滅あるいは許容できるレベルまで低減化する事ができる工程であり、kill-stepのない農林水産物や食品へのHACCPの適応には、研究開発が必要です。農林水産物も、人間も、病原体も全て生き物であり、変化し進歩します。バンコマイシン耐性菌の問題に象徴されるように、科学技術も反省しながら、進歩します。HACCPは、科学に基づいた衛生管理手法であり、常にリスク低減化のための見直しと、技術開発を続けて行く必要があるものです。

従来、食品の品質管理、特に微生物検査は、「シャドーワーク」と呼ばれる日の当たらない仕事でした。経験を積んだ検査員の、長い時間、多くの費用等を要し、収益を減らすマイナスイメージが持たれていました。これらの欠点を改善して、最終製品の抜き取り検査としての微生物検査から、工程管理のプロセスチェックにも使用しうる簡易迅速検査法導入の可能性が報告され始めてます。理想的には、全ての工程に組み込むべきで考えられますが、現在は原料の受け入れの可否、kill-stepの不都合発見等のために組み込む試みがなされて始めています。自主衛生管理に簡易迅速法が導入されていれば、不都合の早期発見と現場へのフィードバック、原因の追究・改善が迅速に達成されることが大いに期待されます。

【つづく】

 

文献:
8) 川崎晋、一色賢司 : 微生物学的安全性確保のための迅速検査、「新世紀の食品加工技術」(シーエムシー)、p.219-229(2002)、
9) 天野義久、新井潤一郎、山中俊介、一色賢司 : 酸素電極を用いた一般生菌数検査簡易迅速化,日本食品科学工学会誌、48, 94-98(2001)、
10) 山庄司志朗、川崎晋、淺川篤、川本伸一、一色賢司 : 化学発光法の原理と自主衛生検査への応用、日本食品微生物学会雑誌、23,6-12(2006)